『努力は報われる』
『継続は力なり』
この2つの言葉、どっちも素敵な言葉だと思います。
僕は小学生4年か5年のとき、担任の先生がしきりに言っていた『継続は力なり』という言葉が大好きです。
それと、努力は報われる、という言葉については嫌いではないですが、報われるかどうかはわからないよな〜というスタンスです。
ちなみになんですが、僕はfacebookでも本名晒してますし、このブログでも別に隠す気もないので書きますが、下の名前が『努』といいます。努力をする人間になってほしい、という思いから名づけたと聞きました。
名は体を、そんなに表さなかった僕。
名前の由来を聞いたのは小学生に入ったくらいの時だったような気がします。それから僕は努力をする子になりま……せんでした。ごめんなさい。笑
中学以降の話ですが、学校の成績は真ん中から下くらい。部活も補欠のような状態。努力を全くしなかったということはないんですが、振り返れば結果には繋がってない。
つまり努力が足りなかったんでだろうな、と長年思ってました。
また、高校に入ってからは帰宅部で、いわゆる思春期ということもあり、人嫌いになったりしてて、(地元の同級生に会いたくないから)電車に乗らず40分かけて小さい峠を超えたりしながら通学してました。イタイやつです。笑
高校生のとき、中間テストと期末テストの点数を足して2でわって30点を切ると欠点となる仕組みだったんですが、一度中間テストで3点を取りました。30点じゃなくて3,スリー。
全く話を聞いてない科目だったんですよね。終わってますほんと。
(3点を取った原因なんですが、電気関連のテストで『この図の場合、電気は付きますか?』というような設問でオン・オフを答えるんです。オンが1でオフが0という表記で表すんです、本来は。でもこの授業をかなり適当に聞いてまして、0の方を○だと思ってたんです、丸。なので僕は○と×で答えて全滅。ほんと終わってます。)
期末テストでなんとか取り返し欠点は免れました。笑
努力に対する報いってなんなんだろう?
僕は高卒です、工業高校。その後は色々あって今に至るんですが長年わりと学歴コンプレックスのようなものがありました。
自分なりの努力が実らなかったことや、勉強について行けてなかったことで感じていた劣等感などなど。
そういうものが重なり、非常に自己評価が低い人間でした。
で、そんな状態で社会に出て5年くらいたったときくらいにふと思い出したのが
『努力は報われる』
『継続は力なり』
このふたつ。
僕は、努力できる人間になってほしいという親の願いとは裏腹に、まともに結果も出ないまま24歳フリーターになってました。
ですが、この24歳ごろ僕はフリーター生活を終え、ウェブ制作の世界に入りました。
その転機になったのは兄から読めと言われたデール・カーネギーのこの本。
- 作者: デールカーネギー,Dale Carnegie,香山晶
- 出版社/メーカー: 創元社
- 発売日: 1999/10
- メディア: 単行本
- 購入: 66人 クリック: 794回
- この商品を含むブログ (307件) を見る
(漫画ぐらいしか読んだことないような僕だったので読み終わりまでかなり苦労しましたが、これを機に一気に読書好きに。)
全くのウェブ業界未経験でしたが、インターネットが大好きで高校生の時からず〜っとネットをしたり、自分の趣味用ホームページを作ったりブログを作ったりしてたんです。
それがきっかけでフリーター時代にはバイト先の古着屋さんの通販サイトを独学で作ってSEO施策をしたり、運営をしてました。
そこで、はったりも含め制作会社の門をたたき、なんとか研修期間付きで正社員として再就職出来ました。『CSSは一応出来ます。』と答えて面接受かったんですが、本当はチンプンカンプンっていう状態。
初出勤まで半月くらいあり、金もなかったので夜行バスで5年ぶりに山口県に帰ったんです。そのバスの中で寝ずにCSSの教則本を読みまくって必死のパッチで基礎を学んだりして帳尻あわせました。笑
フリーター5年してた僕を雇ってくれて感謝しかないですね、今は。(当時は上司の文句ばっか言ってましたけどw)
この時感じたことは、
『ただネットが好きで、結果も求めず継続的に続けていたことが力になっていた』
という、すごくシンプルなこと。
それからはずっと努力と継続について考えてるんですが、今自分なりの答えとしてもっているのは、
(報われるための)努力は他者評価を基準にした行為
であって、
継続は自己評価(自己満足)を基準にした行為
なのかな、ということなんです。
※努力が悪いとかそういうことではなく、『報われる』ことを前提にした努力は、って意味です。
他者評価を基準にしたら落ち込む。
学校の成績を例にとれば、僕の場合、親や先生たち、周り、そういう他者に対して結果で示したかったのに、どうにも勉強が好きになれずついて行けず、結果的に自己評価が低い価値観に染まっていきました。
これはつまり失敗という経験で終わってたんだと思うんです。
報われなかった、結果がでなかった、俺はダメだ、的な。
自己評価なら、落ち込むこともあるけど失敗は無い。
次に、自己評価。これはある意味趣味の世界かもしれません。
僕は釣りが好きで、子供の頃からしょっちゅう釣りをしてます。友達と行って自分は釣れず友達が釣れまくるとちょっと落ち込みます。
でも、そこで『もう釣りなんか辞めた。俺はダメだ』とはなりませんでした。
シンプルに、釣りが好きだから。
なので、うまくなりたくて色々工夫します。釣りビデオを見たり、学校行く前、帰ってから1人で釣りに行ったり。
(しまいにはルアーをがっつり作るようになってて、一時期マジでビルダーを目指そうかと思ったり。笑)
インターネットも同じで、別にウェブサイトを作って誰より評価されようとかはなく、ただただ好きで面白いから工夫してました。
自分よりおもしろいサイトやイケてる人を見ると悔しくなるけど、やっぱり『もうダメだ』とはなりません。
インターネットやウェブ制作・運営が好きなんで。
自己評価で考えて行動してると、ライバル的な存在はとくに居ません。(憧れの人、みたいなのは居ます)
しいて言うなら昨日までの自分、的な感覚でしょうか、ちょっとサムいけど。
もっとうまくなりたい、もっと詳しくなりたい、という過去の自分を超えることだけにフォーカスしてる状態。
この状態って、『俺、努力してるぜ!』とか全然思ってないんですよね。ただ没頭してるだけ。なので、結果として報いがあるかどうかよりも、その工夫してる瞬間(過程)が楽しくて仕方ない。
だから、失敗は失敗で終わりはなく、続きです。螺旋階段で、少しつまずいただけ。また歩き出せばいいだけ。
螺旋階段みたいに、ちょっとずつ上に進んでるんですよ、たぶん。
趣味と仕事、オンとオフ、そんなものに境目はいらない
なんか偉そうなことばっか書いてますが、別に僕は何者でもないです、ただの個人事業主っす。すみません。笑
ブログが好きで、書くことが好きなので書いてるだけなので。
で、話が行ったり来たりですが、僕はこれまでほぼすべて、趣味が仕事につながってます。
一番最初に就職したのは釣具屋さんの接客スタッフ。工業高校卒業なのに。
機械科卒業してそのまま接客業に行くのはたぶんお前が初めてだ、と言われた記憶があります。
うちは就職率がほぼ100%で、だいたいみんな地元の工業系に就職してました。
高校生当時の僕は人嫌いでスレてたんで、友達はほとんど居ませんでした。なのでみんながどうしてるか全く知りません。笑
まあ、それで釣具屋に入った後、フリーターになったりしまして。服が好きだったんで古着屋で働いたり。
それ以外にもあったんですが、その辺に興味あればこの記事ご覧ください▼
そんなこんなで好きなことや興味があることを仕事にして20代半ばまで生きていてたんです。が、内心はかなり焦燥感にかられてました。
こんなんでいいんかな…と。
でも30代になった今となっては、すべてがいい経験でした。
こういうフラフラと点を打ってばかりの生き方が今になって色々なところで線が繋がり始めてる感じがあります。
点と点が線で繋がる、っていうジョブズのスピーチも大好き。
『好きなことを探すこと』を継続すればいいんじゃないですか?
僕は多趣味だとよく言われますし、自分でもそう思います。この趣味向いてないな〜と思ったら辞めちゃうだけなんですけども。
一時期はそう言われることがバカにされてるようで嫌でした。
多趣味だけど、専門的な趣味、ないですね、浅いですね、っていう感じにひねくれて受け止めてました。(まあ実際そうなんですけどねw)
でも、周りからどう思われてもいいから、興味をもったら行動したらいいと思うんですよ。
『もう年だから』とかそういうのはマジでクソだと思ってます。
何か始めるのに年齢なんか気にしても意味無いですよ。今より明日の方が年とるし。年がどうとか言っても仕方がない。
自分なりに好きになったことを続けていく中で、どうしても好きなれないなら、周りにどう思われても辞めたらいい。
まわりは自分が思ってるほどあなたのことは気にしてない
ってやつですよ。なので節操無く思われても、どんどん行動GOGO!
『好きなことを探すこと』をずっと続けていけば、そのうちいいことありますよ。
粘り強く続けることがいいときももちろんあります。なんでもかんでもすぐ辞めるってのも味気ないですし。
その辺の塩梅はご自身の判断で。
結論としては…
努力は報われる、、、こともあれば報われないこともある。それよりも自分が自然と継続出来るようなことを見つけよう。
『石の上にも三年』とか『逃げることはいけないこと』みたいな、漠然とした概念なんか全員の人間に当てはまるわけないし、自己基準で考えたらいいんじゃないですかね?
と、(自分に言い聞かせつつ)偉そうに締めくくってみます。