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再起動戦士はなろぐZ

人生再起動中のメガネ野郎が書いてる日記

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人生は達成感より充実感を指標にした方が幸せになる

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達成感と充実感について考えてます。ちょい長め。

 

 

達成感と充実感の意味をそれぞれ調べてみた

まず達成感についてーー


たっせい‐かん【達成感】

あることを成し遂げたことによって得られる満足感。「目標をクリアして―に浸る」

出典:達成感(タッセイカン)とは - コトバンク

 

なるほど。

 

では充実感についてーー

充実感
読み方:じゅうじつかん

心が満たされている、満ち足りているという心情。遣り甲斐。

出典:充実感とは - 日本語表現辞典 Weblio辞書

 

似てるけど微妙にニュアンスが違う言葉ですね。

 

ここからは僕の独自解釈で話進めますのでご注意を。

 

 

達成感とは結果の中にあるモノ

僕のイメージとして達成感とは結果の中にあるモノだと考えてます。

成し遂げた先で得られる感覚という意味からもそういう風に感じます。

 

マラソンで言えば走り終わってゴールしたあとに得られるもの。

 

 

充実感とは工程・プロセスの中にあるモノ

充実感というのは工程でありプロセスの中にあるモノ。

マラソンで言えば走っていること自体が楽しくやりがいを感じている状態。

 

 

仕事においては結果が全て

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仕事をする上では【結果がすべて】という言葉もある通り、仕事をする側が楽しんだとかどうとかじゃなく、アウトプットとしての納品物や結果がすべて。

 

たとえばお金をもらい広告(チラシ)を作るとして、デザインすることが楽しくてデザイナーはやりがいを感じて製作。

そして出来上がった広告は全く効果なし。

 

この場合、デザイナーは充実感を感じながらデザインをしているので楽しいと思います。納品完了という達成感もあるかもしれません。

 

でもクライアント目線で言えば『ふざけんな』って話。

デザイナーの充実感や自己満足なんて関係なくて、お金をもらって作る以上は結果を出すことが最優先ですよね。

 

もちろん、楽しみながら作れる方がいいものが出来る可能性は高まりますが、仕事はあくまで結果が大切。

 

 

人生においては達成感よりも充実感に目を向けたほうが幸せになれる気がする

では自分の人生も結果が全てなのか?

 

社会に出て、結果が全てだというマインドが自分の中に浸透してくると、人生も結果が全てだと感じるようになります。

 

そして結果を誰かと比べ惨めな気持ちになったり、『結果が出なかったら情けないから新しいことには挑戦しないようにしよう』チャレンジすること自体を辞めてしまいます

 

マラソンの話を少し出しましたが、人生は仕事と違って一生ゴールが無いと思うんです。無い、というか死ぬ時がゴール。

 

それまではどんな形であれ途中なんですよね。

ず〜っと途中。常に道半ば。

 

達成感がゴールのあとに有るなら、人生における達成感を追い求めても得られません。死ぬ間際ぐらいに『いい人生だったな』と思えるかどうか。そのあたりのタイミングにならないと達成感には至らない。

 

僕はそう思うんです、最近。

 

 

失敗したり結果がでなくてもいいから、充実感を追い求めたい

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だから人はマラソン大会に出たり、何かゴールの設定された仕事や趣味にチャレンジしたくなるんじゃないでしょうか。

そういうチャレンジは本当に素敵だと思うし僕自身、どんどん挑戦したい。

 

ただし、そこで『達成感を得ること』にばかり心を奪われ、日々のプロセスを楽しめないのは嫌だなと。

マラソン大会に出るとして、もしかしたら途中リタイアするかもしれません。ケガをしてしまい出場すら出来ないかも。

 

それはあくまで結果。結果が悪いこともあります。努力が報われないこともありますよ。でも継続は力になると信じてます。

hny.blkt.net

 

だからこそ、結果にこだわりすぎず練習や日々の積み重ねというプロセスを楽しんだほうがいいし、『充実感を得る工夫』をするべき。

 

 

そんなことを思った理由は子育てとブログ

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僕は子供が出来るまで子供に興味はなかったんですが、いざ我が子ができたらとてもカワイイ。

そんな子供が今、オムツを卒業しパンツで過ごすようになりました。そして2日に1回は夜寝てる時にお漏らし(おねしょ)をしてしまいます。僕が子供を起こし着替えさせて、ズボンを水洗いしたりしてます。

 

朝まで漏らさず過ごせたと思ったら翌日にはまたお漏らし。正直悔しく思うときもありました。

 

でもふと気がついたのが、『お漏らしをしない』という結果ばかり求めてイライラするよりも、『お漏らしをしたりしなかったりする子供との日々』自体を楽しむべきだなぁと思ったんです。

お漏らしする時期なんでほんの少しの間。それだったらそこで一喜一憂してること自体を面白がって充実感に変えたほうがいいな〜と。それからは漏らしても漏らさなくても充実感があります。

『漏らしちゃったか〜。次は漏らさんようにしよな!』と。

 

 

人生なんて自己満足でいい

もうひとつはこのブログ。

雑記ブログで完全に自己満足のために書いてます。書いたことで嫌われてもいいとさえ思ってます。笑

 

なぜかっていうと、人生なんて自己満足でいいと思うんですよ。

 

人に見せるために高級車に乗るとか自慢したくて海外旅行に行きまくるとか、そういう見せびらかすために人生を費やすことがどれだけ無駄だろうかと。純粋に好きで高級車乗ったり旅をすることは全然素敵。

 

ブログを書くようになりそういう意識が芽生えてきてて、ブログを書くこと自体が楽しいんです。アクセスが無かったり反響が無かったり、そういう風に結果が伴わないことは多々有りますが、そんなもんどうでもよくて、やっぱり自分が充実感を感じながら日々ブログ運営出来てるだけで儲けモン。

 

 

日々の充実感が、結局は達成感に繋がる

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人に優しくしようとか、気を使おうとか、仲間を大切にとかそういう最低限のマナーや思いやりは持ちつつ、自己満足のために生きたいなぁと。そういう風にマインドが変化したことでここ数ヶ月はものの見方も変わったし、充実感が多くなりました。

 

結局は生きる上で日々の充実感が多くなればなるほど、死ぬ時の達成感も大きくなるんじゃないか〜なんて、30過ぎの若造ですが思ってます。

 

まあこれが正しい生き方かどうか知りませんが、もともとレールみたいなもんからはこぼれ落ちてあぜ道ばっかり歩いてきてるので、軌道修正とか『常識的に』とか言わずに好きに生きます。笑

 

 

▼嫌われる勇気は持ったほうが人生楽しいっすよ(必読書)

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

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